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あおけんコラム
 
2020年1月24日
「頭の中がフルーツポンチ」
頭と家の中が、フルーツ漬けとなっている。
南向きのリビングとふすま一枚を隔てた、冷蔵庫のように冷え切った北の和室に足を踏み入れると、王林、キウイ、カリン、獅子柚子、柚子、レモン、ミカン、ネーブル、ハッサク、柿、パパイヤ、パッションフルーツ、金柑、甘夏の一群がじっと睨みをきかす。
いつになったらわたしたちを加工してくれるのだ――。わたしはたじろいで、熟した富有柿と王林、パパイヤをあわてて両腕に抱え込み、そそくさと台所へ逃げ帰る。

さてと――。
パパイヤはひと加工すると、生食時に感じる独特の臭みや、えぐみのようなものを取り除くことができる。柑橘の酸味を加えることによって、爽やかな味わいに変化するパパイヤジャムは、生食を嫌う人でも食べることができるようだ。
こういう一癖あるフルーツほど、加工する面白さがある。腕をまくり、今回はドライフルーツの仕込みにかかろう。

パパイヤの皮を剥いて種を取り除き、大きめの短冊に切り分ける。水と砂糖を火にかけて作った薄めのシロップを冷まし、パパイヤにひたひたに漬けて一日置く。
翌日、シロップだけを取り出し、砂糖を加えて濃度を高めたシロップを作り、冷めたらパパイヤに注いで再び一日置く。
砂糖の浸透圧で余分な水分を取り除いたパパイヤ。ベランダに吊るした乾燥ネットに入れ、自然まかせに干されるのをただ待つのみ。
出来上がった干しパパイヤは、甘みと色彩が濃厚だ。レーズンやピール、干し杏などと肩を並べる、フルーツケーキの優秀な具材へと晴れて昇格となるのであった。
鮮度を失った王林も、パパイヤと同じように処理をしてドライフルーツにしてしまう。

さて、お次は?
熟しきった富有柿2個が、首を長くしてお待ちだ。
ヘタを水平に切り取り、果実をスプーンできれいにすくい取ると、残されたものは極薄の皮一枚のみ。取り出した果実よりも、手のひらに取り残された、透き通った皮の抜け殻の美しさにほれぼれとしてしまう。
これをゴミ箱に捨ててしまうのは勿体無い。皮は天日でからからになるまで干して食べると、とても美味しい。同じように、干したりんごの皮は、蜜のように深い甘みで、食べだしたらとまらない美味しさで、やみつきになってしまう。

ちなみに、ミカンの皮も捨てずにベランダに干している。
たくあんを作ろうと思いせっせと干してみたものの、志はいつしか折れ、ミカンの皮だけが空しく手元に残った。
漢方となる陳皮(ちんぴ)にするには余りに大量だから、しばらく入浴剤として香りと効能を楽しもうか――。

柿は、柑橘の酸味を加えてジャムにすると、あっさりとした甘みとなって美味しい。
熟した富有柿にハッサクの果実をふんだんに取り入れるか、それともパッションフルーツの香りと酸味を加えた、挑戦的なジャムにするか。
待てよ、せっかくだから、今期最初で最後の柿羊羹を作ってもいい。取り出した柿の果実の問題は、しばし冷凍庫の中で凍結することとなる。

閉じたふすまの向こうには、冷凍庫に入りきらないその他の問題、つまり数々の柑橘が今か今かと足踏みをしながら、加工の出番をじっと待っているのである。
麻衣子
 
 
2020年1月14日
「三文役者と石油ストーブ」
職場の休憩所に、昔ながらの円筒型の石油ストーブが置いてある。
寒い日、このストーブの存在が、どれだけ心身を温めてくれていることだろう。
普段は、頭上に大きなアルミ製のやかんを掲げているが、こんな有益な調理器を、やかんの湯を温めるだけに使っているのはセンスのない話ではないか。
そこで、冬だけの休憩時の楽しみを、この石油ストーブから編み出してゆくのであった。
今冬は、焼きりんごからはじまった――。

休憩所のテーブル上に、痛んで大きな茶色い染みのできた2個のりんごが、何日もそのままの状態で置かれていた。
「俺の視野に、そんな腐ったりんごを置いとくな。さっさと捨てっちまえ。」と、べらんめい口調で言い放った同僚男性のひと言は、「ひらけーごま!」の呪文のごとく、普段は堅く閉ざしている女性陣の怒りの扉を、いとも容易に開け放ってしまった。
怒りの瞬発力が、正当な方向へ向けられることほど素晴らしいことはない。
同僚男性の目の前で、腐ったりんごは、たちまち焼きりんごとして救済されることとなったのであった。

りんごの痛んだ部分は、包丁でそぎ落としてしまえばいい。
上部を包丁で平らに切り落とし、芯の部分を軽くくり抜き、バターを乗せる窪みを作る。
芯抜き器があれば最高だ。
バターとシナモン、砂糖を窪みに乗せ、アルミを2重に包み、石油ストーブの上で30分ほど放置する。ジュージューと果汁が焼ける音が聴こえてくれば、焼きりんごの出来上り。

アッチッチと熱々のアルミ箔を開けると現れる、湯気立つジューシーな焼きりんご。
スプーンで柔らかくなった果実をすくって口の中に入れ、はふはふ言いながら口内、そして喉を通過してゆく熱い果汁。
冬の寒さと石油ストーブは、春にも、夏にも、そして秋にもない、からだの心身に余韻を残す幸福を与えてくれるもののようだ。
目で感じる炎の色、そして肌で感じる暖気、やかんの湯が沸く音、もしくは焼きりんごから滲み出る果汁の焼ける音、そしてそれを共有する人々との関係性――。
そのすべてが、冬の今という瞬間を、永遠性のあるひと時のように錯覚させるのだ。

きっと、ひとりで焼きりんごを作っても、同じような感動は生まれないだろう。
外の厳しい寒さと労働を共有し、互いを労わり合う気持ちがスパイスとなり、石油ストーブの上で作られる焼きりんごを、他の何にも替えがたいご馳走にしているのだ。
そう考えると、もはやこの石油ストーブは春の桜と同じく、冬には無くてはならない舞台装置となってくる。
春の桜の木の下で、人々が浮世離れの陽気さを演じるのならば、冬の石油ストーブの周りで、同じくひと時の幸福を演じてみせるのだ。
幸せの雰囲気とは、意外に簡単に作り出せるものなのかもしれない。
舞台があり、そこで皆が上手く演じられるのであれば――。

さてその後、三文役者たちは、石油ストーブを舞台に、定番の焼き芋を小道具にして陽気さに浮かれた。
さつま芋をひとつひとつ新聞紙に包んだらしっかりと水を含ませ、アルミ箔で覆う。
それらを石油ストーブの上に寝かせたら、大きな鍋のふたを被せ、途中天地を返して、1時間ほど放置する。
アルミ箔をむしり取り、茶色く焼けた新聞紙をこじ開け、やっと姿を現したシルクスイート。
皮を剥けば、黄金色の素肌が白い湯気を立ち上げる。繊維が細かく、口に入れると咀嚼する必要がないほど、ジューシーでねっとりと甘い。何という美味しさなのだろう。
「焼き芋はシルクスイートに限る」。これは我ら三文役者の金言だ。

先日は、雨の中で作業して冷えたからだと衣服を、石油ストーブで暖めながら、幾つもの餅を網に載せて焼いた。
ぷくーっといびつな形に餅が膨れてゆく姿を眺めていると、雨に濡れた悲しさがたちまち幸福なものとなってゆく。人間とは単純なものだ。
餅が膨れる単純さと同じくらい、人の気持ちも簡単に膨らんだりへこんだりするのだから。
幸福に膨らみきった餅を熱々のぜんざいにぽとんと落し、ずずずずーっと冷えたからだに流し込む。古びた休憩所に響き渡る、ずずずーっという啜り音。
三文役者たちが、声高に台詞を吐く必要はないようだ。なぜなら、沈黙ほど饒舌な台詞はないのだから。

冬はまだまだつづく。
石油ストーブを舞台に、次はどんな作品が生まれるのだろう。
麻衣子
 
 
2020年1月6日
「仏陀の乳粥」
毎晩、スーパーハイブリッド甘酒を飲んでから深い眠りについている。
スーパーハイブリッド甘酒とは、わたしが進化させた甘酒だ。つまり、色々な素材の長所を組み合わせた、最強の甘酒。
そもそも、これは、健康オタクの70代の男性同僚から、はじまった――。

彼は、みずからの健康維持管理において、非常にまめまめしい。
炊飯器で1カ月かけて仕込んだ手製の黒にんにくを食べ、40年糠漬けを絶やさず、嫌いな納豆を薬だと思って食べ、ビタミンCやヨーグルトも欠かさず摂取。
ペットボトルから水を飲んでいるのかと思いきや、らっきょう漬けの汁を薄めたものを飲んでおり、弁当は、チーズに卵、枝豆、トマト、しじみの味噌汁、おにぎりと、簡単ながらも完璧な栄養バランスを保っている。
若い頃から登山で鍛えた足腰の強さもあるが、背筋が伸び、発声も明瞭。犬の散歩に付き合って2時間歩いたところで、へっちゃらなんだそうだ。

その彼が、職場の休憩時に甘酒を飲んでいた。
麹がしっかりと米を分解した証拠に、水分の多い見るからに美味しそうな甘酒は、彼が欠かさず仕込んでいるものであった。
過去に何度も甘酒作りを失敗しているわたしは、どうしてもその甘酒を味見したい。彼にお願いして分けてもらったその味は、とてもあっさりとした甘みで飲みやすい。
しかし、麹で作る甘酒は、まだこの時点では、わたしの足元へ歩み寄って来ることはなかった。

冷え性がひどく、何か対策をしなくてはこの冬を乗り切れない――。
危機感から、酒粕で作る甘酒を飲み始めた。
水に、酒粕と生姜、甘み付けに蜂蜜を加えて温める。しばらくこれを飲み続けていたが、ある晩、甘みに蜂蜜を加えるくらいなら、麹で甘酒を仕込んで、ハイブリッド甘酒を作ってしまえと、眠りに陥る前の脳内に突如、電流がビリリと流れた。

スーパーで麹を買い、表記通りに甘酒を仕込んでみる。
炊いたおかゆを60度に下がるまで荒熱を取り、ほぐした麹を混ぜ入れる。炊飯器のふたをあけたまま保温状態にし、布巾をかけて60度をキープし、途中、何度か全体をかき混ぜながら、約10時間放置する。
同僚の作る甘酒のようにさらっとはしていないが、しっかりとした甘みの甘酒に仕上がった。

さて、麹で仕込んだ甘酒に酒粕、そして生姜を加えたハイブリッド甘酒は晴れて完成したものの、何かが足りない。何が足りないのだろう?
冷え性を改善するために作り、飲み始めた甘酒が、いまや、如何に最強の飲み物として進化、発展させるかということに意識が向いている。
毎晩就寝前に飲むものならば、美味しくて、栄養がいっぱい詰まったものがいい。
そこで、甘酒に、豆乳と干した柿の皮を加え、仕上げに、お猪口1、2杯程度の日本酒をぽたりとたしてみる。
まだまだ進化できる――。糀の甘酒を豆乳で仕込み、さらに濃厚な味わいを足すこととなるのであった。

酒粕、麹甘酒、豆乳、生姜、柿の皮、日本酒、塩、蜂蜜。
単独で発揮できる効能、味は限られているが、互いの長所を生かすことで、スーパーハイブリッドな甘酒が誕生したのだ。
就寝前のぼんやりとしたひと時に、カフェオレボウルになみなみと注がれた、この温かな飲み物を両手でしっかりと包み込み、口からからだの全細胞へとゆっくりゆっくりと流し込む。
仏陀が口にした乳粥は、こんな味であったかもしれない――。
乳白色のやさしさに、一日の疲れは忘却の彼方へと流れ去ってゆく。
麻衣子
 
 
2020年1月1日
「新年のご挨拶」
新年おめでとうございます。新年の計は元旦にあり…ということで、除夜の鐘を108つの煩悩と共に聞き、早朝仏壇の前で読経をして自分を奮い立たせます。一つ一つ歳を重ね年齢と経験が上がるごとに、「自分は正しい」「自分は間違っていない」「目に見えるものが全てなんだ」「俺は頑張っている」と高慢な気持ちになっていくのを私は恐れます。

元旦に自分を奮い立たせるのは決して仕事の成果でも目標の為でもなく、「今年もまた一年、謙虚に腰を低く、自分の中にある純粋な気持ちを大切にして、一年を大切に生かされていこう」と誓うため…私という個体は、様々な思い上がりや雑念が内側から沸々とあらわれ、純粋さを蝕もうとするのです。

それに負けずに、「朴訥(ぼくとつ)」を旨として精進していきます。本年も何卒よろしくお願いいたします。
圭成
 
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